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マーティン・ブライアント

Martin John Bryant

1996年4月28日にオーストラリア・タスマニア島のポート・アーサーで起きた大量殺人事件の犯人。
35人を殺害し、15人を負傷させ、オーストラリア史上最悪の大量殺人犯とされている。
カフェで食事中の客に銃を乱射、その後も移動しながら通行人を射殺し、人質を取ってコテージに立てこもった。
翌朝、コテージから出火し飛び出してきたところを取り押さえられた。
1996年11月、裁判で35回の終身刑と1035年の懲役刑が下った。
現在も服役中。

<概要>
マーティン・ブライアントは1967年にオーストラリアのタスマニア島で生まれた。
母親や教師によると幼い頃からおもちゃを壊すなど暴力的で育てにくい子供だったという。
ブライアントは知能も遅れていてIQは66程度で、学生時代は特別学級に在籍していた。

成年後のブライアントは父親の顧客だった資産家女性の世話になり、彼女が事故死した際にはおよそ55万ドルの財産を相続した。
その後、父親が自殺したためにさらに25万ドルを相続している。

ブライアントは金銭的には恵まれていたが、女性と父の死により孤独感を強めていった。
1993〜5年には14回も海外旅行をしていたが、やがてそれも厭うようになった。
1995年の後半、酒量も増え自暴自棄になった彼は後の事件計画を練り始めた。

そして1996年4月28日、ブライアントは後にポートアーサー事件と呼ばれるようになる事件を起こした。
その日の午前、ブライアントはまず知り合いのコテージ経営者夫妻を殺害した。
その後、彼は車でポートアーサー史跡地区にあるカフェに向かい、外のテーブル席で昼食を取った。
食後、彼は店内に入り、バックからアサルトライフル(コルトAR-15)を取り出し、客に向かって発射した。わずか15〜30秒の間に、12人が死亡し10人が負傷した。
ブライアントは歩きながら更に発砲を続け、更に8人を射殺、2人を負傷させつつ、車に乗った。車内から発砲して駐車場にいた4人を殺害、6人を負傷させた。
彼は車でおよそ300メートル先のガソリンスタンドに移動した。その間にも車や通行人を撃ち、7人を殺害、1人を負傷させている。
ガソリンスタンドで更に一人を殺害したブライアントは客の車を奪い、持ち主の男性を人質に取った。彼は最初に事件を起こしたコテージに向かい、そこで籠城した。
人質の安否が分からないことやコテージ内に多数の武器があることなどから、警察は突入を躊躇した。
しかし翌朝、コテージから火の手が上がった。飛び出してきたブライアントはすぐさま取り押さえられ、逮捕された。
人質の男性はコテージ内で死亡していた。
なお、犯行の動機については現在も不明である。

1996年11月、ブライアントには裁判で35回の終身刑と1035年の懲役刑が下った。
ブライアントは現在も収監中であるが、何度か自殺を図ったという。
また、2012年には彼の描いた絵が賞を取ったという。

<リンク>
Martin Bryant (Wikipedia en)
Port Arthur massacre (Wikipedia en)

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