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原平

原 平(はら たいら)
2005年2月27日、岐阜県中津川市で発生した一家六人殺傷事件の犯人。
自宅において母、長男、長女、孫二人(長女の子供)を絞殺した後、娘婿を刺傷した。
犯行後、自殺を図るも通報を受けた警察に発見され逮捕された。
求刑は死刑だったが、一審・二審とも無期懲役の判決だった。
2012年、最高裁は上告を棄却し、無期懲役が確定した。

<概要>
原は幼い頃から母親との確執を抱えていた。
母親は気が強く行動的な女性で、少しでも気に入らないことがあるとヒステリックに騒いだという。
成人した原は実家を出て、レントゲン技師として働いた。
真面目な原は長く病院勤務を続け、事件前には老人福祉施設で事務長を務めるまでになった。
私生活でも結婚して子供も生まれ、中津川に一軒家を構えた。

1999年、原は痴呆症の出てきた母親を自宅に引き取った。
しかし、その直後から妻と母親との間に激しい諍いが始まったという。
母親は物がなくなったと騒いだり、浴槽内で大便をするなどしたりした。
原は母親を諫めたが、その行動はエスカレートし、ついにはよその人間にも迷惑をかけるようになった。
自身も持病が悪化するなどし、原は徐々に追い詰められていった。

そして2005年2月27日、ついに原は行動を起こした。
早朝、彼は旅行に出かける妻を見送った後、勤めていた福祉施設に顔を出し、自宅に帰ってまず自室で寝ていた長男の首を絞めて殺した。
続いて母親を絞殺した後、飼っていた訓練中の警察犬二頭をナイフで刺し殺した。
木につながれた犬は大きな鳴き声をあげることもなく、静かに死んでいったという。
その後、原は長女宅に向かい、「祖母が孫達に会いたがっている」と母子三人を自宅へと連れ帰った。
原は仏間に倒れている祖母を見ていぶかしむ長女を背後から襲って絞殺し、続いて孫二人(二歳の男の子と生後三週間の女の子)を窒息死させた。
娘と孫に手をかけた後、原は再び長女宅に向かい、今度は長女の夫を連れ出した。
自宅につくと、彼は娘婿を刺した。しかし反撃されて逃げられ、原は自らの首を刺して自殺を図った。
娘婿の通報を受けた警察が浴室に隠れていた原を発見、彼は一命を取り留め逮捕された。

逮捕後、原は母親との確執が事件の動機だと話した。
子供や孫にまで手にかけたのは、彼らが殺人犯の家族として生きていかなければならないのが不憫だったからという。
妻の不在日に事件を起こしたのは、彼女には自分がちゃんと始末をつけたこと、そして事件の最後まで見届けて欲しかったからだと語った。

裁判では当然のように死刑が求刑された。
妻と子供二人を失い、自身も被害者である娘婿は死刑を求めた。
しかし、一人残された妻や原の弟は死刑の回避を求めたという。
精神鑑定もなされたが、責任能力はあると判断された。
判決は一審・二審とも無期懲役。
情状酌量の余地がある一家心中であるということと、再犯の恐れがないというのがその理由だった。
2012年、上告も破棄され、無期懲役が確定した。

<ノンフィクション>

悪魔が殺せとささやいた―渦巻く憎悪、非業の14事件― 新潮45編集部 新潮文庫

<リンク>
最高裁判所第一小法廷 平成24年12月3日決定 平成22(あ)402 (PDF)

<日本の一家惨殺事件>
関光彦
1992年3月5日に千葉県市川市で起きた一家4人殺害事件の犯人。犯行当時19歳。
以前強姦した少女の自宅に強盗目的で侵入し、少女の両親、祖母、妹の4人を殺害した。
朝倉幸治郎
1983年6月27日にかけて東京都練馬区で起きた一家惨殺事件の犯人。
不動産競売を巡るトラブルから子供三人を含む一家五人を殺害、遺体をバラバラにした。

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