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小林薫

奈良県奈良市で2004年11月17日に起きた奈良小1女児殺害事件の犯人。
被害者は当時7歳の少女で、わいせつ目的で自室に連れ込んだ後に浴室で溺死させた。
2004年12月30日に逮捕、2006年9月26日に一審死刑判決。
控訴取り下げにより死刑が確定し、2013年2月21日に死刑執行。享年44歳。

<概要>
小林薫は大阪でプロパンガス販売店を営む両親の元に生まれた。
片目が弱視で運動神経も悪く、学力も低かった小林は小学校低学年からいじめられていたという。
10歳の頃、母親が難産で死亡し、以降は父方の祖母の元で育てられた。
高校生の頃に見たアニメの影響で少女への興味を持ち始めたという。

小林は中学校1年の頃から新聞配達のバイトをしており、高校卒業後は居酒屋に就職した。
しかし一年あまりで退職し、職を転々とした後、再び新聞販売店で働くようになった。

最初の犯行は1989年6月27日のことだった。
小林は5歳の女児二人にわいせつな行為をしたとして逮捕され、懲役2年(執行猶予3年)の判決を受けたが、1991年7月21日には二度目の事件を起こしている。
被害者は5歳の少女で、首を絞めて殺そうとしたところを近所の住民の通報によって逮捕された。
小林はこの事件で懲役3年の実刑判決(執行猶予中の犯行だったため、更に+2年の刑が加算された)を受けた。
出所したのは1995年のことで、その後はラーメン店などに勤めたが、やがて新聞販売店で働くようになった。

小林が次に犯行を起こしたのは2004年のことだった。
2004年6〜7月に滋賀県内で子供用の下着など少なくとも31点を盗み、9月26日には奈良県で5歳の少女にわいせつな行為を行っている。

そして同年11月17日、小林はいわゆる奈良小1女児殺害事件を起こす。
下校途中だった当時7歳の少女を言葉巧みに車に乗せて自宅に連れ込んだ。
しばらくは一緒に宿題などをしていたが、風呂場でいたずらをしようとしたところを抵抗され、浴槽に沈めて殺害した。
その後、被害者の遺体を携帯電話で撮影し、「娘はもらった」というメッセージと共に被害者の母親へメールした。
その夜のうちに遺棄された遺体は翌日発見された。

小林が逮捕されたのは同年12月30日のことだった。
彼はいきつけの飲み屋で被害者の写真を見せびらかすなどしていた。
また逮捕直前の12月14日には被害者の父親宛に「今度は妹をもらう」というメールを送っている。
これらのことがきっかけとなり、小林は重要な容疑者として浮上。
警察が小林の自宅を家宅捜索した結果、多数の少女の下着や水着などと共に、被害者の携帯電話やランドセルなどが見つかった。

2006年9月26日に一審で死刑判決。判決の際、小林はガッツポーズをしたという。
弁護士が即日控訴するも10月10日に本人が取り下げために死刑判決が確定した。
しかしこの後、小林は最高裁に控訴審を求める特別抗告を行っている。
一審判決には事実誤認があるというのがその主張だったが、2008年7月7日に棄却された。
2013年2月21日に死刑執行。享年44歳。
なお、同日には金川真大も死刑執行されている。

<ノンフィクション>

わたしが出会った殺人者たち 佐木隆三 新潮文庫

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