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ペドロ・ロドリゲス・フィリオ

Pedro Rodrigues Filho

ブラジルで1973年に逮捕されるまで、約30年間に少なくとも71人を殺害した。
Pedrinho Matador(Pedrinho:ペドロの愛称、Matador:殺す人)の異名でも知られる。
2003年に懲役128年の有罪判決が確定。
2007年に釈放、2011年に再び逮捕。

<概要>
ペドロ・ロドリゲス・フィリオは1954年にブラジル · ミナスジェライス州サンタ・リタ・ド・サブカイの農家に生まれた。
彼は出生時から頭を負傷していた。父親が妊娠中だった母親の腹を殴ったことが原因だった。

フィリオが最初に事件を起こしたのは13歳の時だった。
相手は年上の従兄弟で、サトウキビ圧搾機に押しつけられて重傷を負った。
14歳の時、学校の警備員だった父親をクビにしたアルフェナスの副市長を殺害した。
クビになった理由は食堂の食品を盗んだと告発されたためだった。
この窃盗事件は冤罪だったらしく、彼は真犯人と思しき父親の同僚も殺害している。

サンパウロ州モジ・ダス・クルーゼスに逃亡したフィリオは強盗と麻薬ディーラーの連続殺人を始めたが、同棲していた女性がギャングに殺されてしまい、自身も逃亡を余儀なくされた。
彼は恋人を殺害した犯人を探すために殺人を重ね、18歳になる前には少なくとも10人は殺害している。
またこの頃、父親が母親を殺害するという事件が起きた。
フィリオは自ら父親を殺害し、心臓を切り出して投げ捨てたという。

1973年5月、フィリオは逮捕された。
刑務所内で彼は少なくとも47人の囚人を殺害している(後に本人が語ったところでは100人だそうだ)。

確認されただけで彼の被害者は71人に及ぶ。
2003年、フィリオは殺人罪で懲役128年の刑を宣告された。
刑務所内で殺人を続けていたために刑期は400年以上に伸びたが、ブラジルでは30年以上の収監を禁止している。
そのため、2007年4月24日に釈放された。
しかし、地元メディアが報じたところによると、2011年に再び逮捕されたという。
現在も収監中らしい。

<リンク>
Pedro Rodrigues Filho (wikipedia en)
被害者数が多い割に(ランキング4位)情報が少なくて正直よく分からない殺人犯。英語でもあんまり情報がない。
ポルトガル語の記事だともうちょっと情報が出ているが……。
なお、刑務所内での殺人は襲われたのを返り討ちにしていたというケースがどうやら多いらしい。
一例として5人が襲ってきたのでうち3人を殺害した、みたいなこともポルトガル語記事に出ていた。
ペドロ・ロペスの事件でも思ったが、南米の刑務所ってどうなってるんだ。

ゲイリー・リッジウェイ

Gary Leon Ridgway

1980〜90年代にかけて米国ワシントン州およびカリフォルニア州で少なくとも49人の若い女性を殺害し、遺体を遺棄していた。
被害者の遺体がグリーン川で見つかったことから『グリーンリバーキラー(The Green River Killer)』としても有名。
2001年にDNA鑑定が決め手となり逮捕された。
2003年に仮釈放なしの終身刑判決を受けた。

<概要>
ゲイリー・リッジウェイは1949年、ユタ州ソルトレイクシティで3人兄弟の次男として生まれた。
子供の頃のIQは82で、知的にはボーダーライン上にあった。
16歳の頃に6歳の少年を木の枝で刺して怪我を負わせたが、この時に人を殺すのは楽しいと思ったという。

高校卒業後には一度目の結婚。海軍に入隊し、ベトナムにも派兵された。
この頃から多数の売春婦と関係を持つようになり、淋病にも感染し、妻とは離婚した。
なお、その後も二度結婚しており、二度目の妻との間には息子も一人いる。

最初の犯行は1982年の7月8日だった。
被害者の遺体は7月15日、グリーン川に沈んでいる状態で発見された。
この7〜8月の間に、リッジウェイは少なくとも7人を殺害。
グリーン川で立て続けに遺体を発見した警察は、連続殺人犯がいることに気付いた。
当初はグリーン川付近だけが注目されていたが、川から離れた場所でも関連する遺体が複数見つかった。

死体遺棄現場が州をまたいでいたことなどもあり、捜査は難航。
犯行の多くは1982〜84年の間に行われているが(少なくとも42件)、それ以降も散発的に犯行は続けられていた。
1991年時点で49体の遺体が見つかり、1500万ドルの費用がつぎ込まれていたが、『グリーンリバーキラー』は逮捕に至らなかった。
この事件は史上最大の未解決事件として有名になり、嘘の自白をする者も現れた。
またテッド・バンディが捜査に協力を申し出たという話もある。

2001年、事件が発覚しておよそ20年が経った頃、科学捜査により事件は大きく動いた。
1982〜83年に殺された被害者らから検出された犯人のものと思われるDNAが、1987年に採取されたリッジウェイのDNAと一致したのだ。
この結果を受け、2001年11月30日、リッジウェイは逮捕された。
2003年12月18日、リッジウェイは48回の終身刑(仮釈放なし)の判決を言い渡された。

<リンク>
Gary Ridgway (wikipedia en)
Green River Killer: River of Death (crimelibrary)

上田美由紀

2009年に発覚した鳥取連続不審死事件の犯人。
事件は鳥取県鳥取市を中心に起こっており、2004〜2009年の間に男性6人が不審死している。
2009年、上田美由紀と安東儀導が詐欺などの容疑で逮捕された。
上田は二人の殺害について起訴され、2012年12月には一審(裁判員裁判)で死刑判決、2014年3月には二審でも死刑判決を受けた。

<概要>
上田美由紀は中学生時代からテレクラで援助交際をするなど奔放な性格で、逮捕当時35歳で二度の離婚歴があり、子供は5人いた。
身長150cm、体重約70kgと肥満体で、勤務していた鳥取市のいわゆるデブ専スナックでは人気のホステスだったという。
上田は関係を持った男性から様々な理由を付けては金をせびっていた。
そして金銭トラブルに発展した男性6人が不審死を遂げた。

(1)2004年5月13日、新聞社記者の42歳男性が鳥取市内で段ボール箱に詰められた状態で列車にひかれ死亡。
段ボールには遺書めいた文言があったことや彼が同僚などから借金を重ねていたことから、警察は自殺と判断した。
(2)2007年8月18日、上田一家とともに海岸に出かけた27歳の会社員男性が海に溺れて10日後に死亡。
彼は2005年頃から上田と同居しており、日常的に暴行を受けていた。
(3)2008年2月、鳥取市郊外の山中で41歳の警察官が縊死。
彼は上田が勤務していたスナックの常連で、金銭トラブルを抱えていたという。
(4)2009年4月11日、47歳のトラック運転士が水死。
遺体からは睡眠導入剤が検出され、肺からは砂が見つかった。
(5)2009年10月6日、57歳の電気工事業の男性が鳥取市内の川で死亡。
この川は水深約20cmと浅く、溺れるような場所ではなかった。遺体からは睡眠導入剤が検出され、顔や頭には暴行の痕跡があった。
彼は上田らに140万円の未収金があり、事件当日もその取り立てに上田宅を訪れたとみられる。
近くにあった彼の車のカーナビには走行記録が残っており、自宅から上田宅へ移動後、遺体発見現場へと移動したことが分かっている。
(6)2009年10月27日、58歳の無職男性が死亡。
彼は上田のスナックの常連で、同じアパートに住んでいた。自動車事故の示談について上田に相談、トラブルになっていた。

警察は少なくとも(5)の事件が起こった段階で、上田及び彼女と同居していた安東儀導をマークしていた。
慎重な捜査を進めていたが(6)の事件が起こってしまう。
2009年11月2日、鳥取県警は上田と安東を詐欺容疑で逮捕、その後も別件の詐欺などで逮捕・拘留して取り調べを行った。
上田は黙秘を続けたが、安東は詐欺容疑を認め、殺人についても話し始めた。
この証言を元に2010年1月28日、上田は(5)事件の殺人容疑で逮捕された。

2012年、鳥取地裁で上田の一審裁判員裁判が開かれた。
起訴されたのは上記の事件のうち、(4)と(5)についてだけだった。
上田はほぼ黙秘していたが、2012年12月に死刑判決が下った。
その後、2014年に広島高裁で控訴審が開かれ、一審判決が支持された。
現在上告中。

<ノンフィクション>

誘蛾灯 鳥取連続不審死事件 青木理 講談社

手堅いタイプのルポルタージュ。
この事件とほぼ同時期に木嶋佳苗の事件があった。
世間の注目は木嶋に向いたが、この著者はあえて上田の事件を追うことにしたそうだ。
木嶋の事件は都会的で新しいツールを使いこなす現代的な犯罪だが、上田は違う。
その背景には事件の舞台となった地方都市の荒廃やそこに住む人々の絶望があるのだと、丹念な取材の描写から感じた。
余談だが、木嶋はこの著者を気に入っており、獄中ブログ開設のきっかけが本書だったとか。

中村誠策

1938〜42年にかけ、静岡県浜松において4件の事件を起こし、9人を殺害し6人に傷害を負わせた犯人。
聾唖者であり、逮捕当時はまだ18歳だった。
1942年10月に逮捕され、戦時刑事特別法により二審のみで死刑判決を受けた。

<概要>
中村誠策は7人兄弟の6男だが、兄弟で唯一生まれつきの聾唖者で、家族には冷遇されていた。
頭は良く、聾唖学校でトップの成績だったという。

中村が最初の事件を起こしたのは1938年、14歳の時だった。
8月22日の未明、強姦・強盗目的で芸妓置屋に侵入、抵抗した女将と芸妓をナイフで刺した。
なおこの事件が中村の犯行であると発覚したのは、逮捕後の自供による。

1941年8月18日、中村は第二の事件を起こす。
置屋に侵入して芸妓二人を刺し、一人を死なせた。
その直後の20日には新たな事件を起こし、侵入した料理店で就寝中の3人を刺殺した
中村は警察の取り調べを受けたが、翌月の27日、今度は強盗を装い自宅の家族を襲った。
兄を殺害し、兄嫁とその子供、父親と姉の4人に重傷を負わせた。

翌1942年8月30日、中村は電車でたまたま乗り合わせた女性の家に侵入した。
女性の両親と姉と弟を殺害した上、彼女を強姦しようとしたが失敗し、逃走。
10月12日に逮捕され、犯行を自白した。
金(学費を自分で稼ぐため)と強姦目的の犯行だった。

家族は中村の犯行だと分かっていたが、報復を恐れて黙っていた。
父親は中村の逮捕直後に自殺したという。
戦時刑事特別法により二審のみで死刑判決を受け、まもなく刑が執行された。
なお、当時は聾唖者は死刑にできないという法律があった(刑法旧第40条、平成7年の改正で削除)が、静岡地裁浜松支部は被告人を聾唖者ではなく難聴者と認定して死刑判決を下した。

<ノンフィクション>

戦前の少年犯罪 管賀江留郎 築地書館



日本の精神鑑定 内村祐之・吉益脩夫(監) みすず書房

後藤良次・三上静男

2005年に発覚した上申書殺人事件の主犯。
後藤良次は元ヤクザで別件により逮捕され死刑判決を受けていたが、自らの関わった三件の殺人事件を告白し、主犯として三上静男を告発した。
三件のうち一件が立件され、後藤・三上を含む8人が逮捕された。
2010年、三上の無期懲役が確定した。

<概要>
後藤良次は群馬県を本拠地とする暴力団の幹部で、自らも後良組(後に宇都宮後藤組へと改名)を構えていた。
1990年、後藤は敵対する暴力団組長を射殺して逮捕されるが、証拠不十分により不起訴処分。
1994年には暴力行為や銃刀法、覚せい剤取締法違反などで群馬県警に逮捕され、懲役四年の実刑判決を受けた。
1998年に出所後、茨城県へと移動した後藤は不動産ブローカーの三上静男と出会う。
三上の指導の下、後藤は不動産関連の仕事で成功を収める。このため、後藤は三上を「先生」と呼んでいる。
そして三上と後藤は共謀して、いくつもの事件を起こした。

2000年7月、後藤は舎弟と共に刑務所時代の知り合いだった暴力団関係者を殺害(水戸事件)。
被害者は生きたまま簀巻き状態にされ、橋の上から那珂川に投げ捨てられた。
翌月の22日、後藤は舎弟ら4人と共に宇都宮市のマンションで男女4人を縛り上げ監禁。
女性一人に多量の覚醒剤を打ち、残る3人をめった刺しにした挙げ句、灯油をまいて放火した。
この事件では覚醒剤を打たれた女性が死亡、残る三人も重軽傷を負った(宇都宮事件)。
8月30日、後藤は水戸事件・宇都宮事件の共犯者らと共に逮捕された。
なお、この時逮捕された後藤の舎弟らも後述の事件に関わっている。
その後、2007年、後藤は最高裁で死刑判決を受けた。同時に逮捕された舎弟らも無期懲役などの実刑判決を受けた。

さて、後藤が三上との犯罪を告発したのは2005年のことだった。
当時、彼は一審・二審で死刑判決を受け上告中の身であり、東京拘置所に収監されていた。
告発のきっかけは三上に世話を頼んだ舎弟が自殺したことだった。
なおこの舎弟は没落した資産家の生まれで、その財産は三上の手により処分されている。
彼の母親も保険金殺人のターゲットにされていたようだ。
この一件に後藤は激怒、三上の関わった事件について上申書を提出し、新潮45にも告発の手紙を送った。
告発された事件は以下の三件。

(1)1999年11月、金銭トラブルにより三上が60代男性を殺害。
後藤は遺体を燃やして処分した。
(2)1999年11月、茨城県の資産家男性を共謀の上で生き埋めにして殺害。
被害者の土地は三上名義に変更され、売却された。
(3)2000年8月、茨城県の内装店経営の60代男性を自殺に見せかけて殺害。
この事件は被害者の家族や取引先社長の依頼による保険金殺人で、警察も自殺として処理していた。

捜査中、依頼者である被害者家族と三上との仲介役を果たした男性が交通事故で死亡した。
この男性は一つ目の事件にも関わっていたとされる。
捜査は更に難航し、結局、三件のうち立件されたのは2000年の保険金殺人のみである。
2005年、殺害を依頼した被害者の妻、長女夫妻と後藤を含む実行犯4人、そして三上が逮捕された。
2007年、被害者家族らには懲役13〜15年の判決が確定。
2010年には三上の無期懲役が確定した。
なお、後藤は既に水戸事件と宇都宮事件で死刑が確定している(2007年)が、この事件でも懲役20年が確定している。

<ノンフィクション>

凶悪―ある死刑囚の告発 「新潮45」編集部 新潮文庫

後藤の告発の手紙を受け、取材を開始した新潮45の連載や後日談をまとめた一冊。
記者らの取材により事件の衝撃的な全容が明らかになっていく過程は、時間を忘れる面白さ。

上記の本を原作に映画化(2013年)もされている。

余談だが、三上静男というのはよく分からない男だ。
人格的には北九州監禁殺人の松永太埼玉愛犬家殺人の関根元なども近いような気がするが、三上は彼ら以上に底が見えない感じを受ける。
えげつないことを散々やっているが、実際に手を汚していたのは後藤などのヤクザ。
手口は巧妙で、共犯者も自殺したり事故死したりしたため、警察の追求でも事件の多くは立件出来なかった。
後藤による告発がなければ逮捕されることすらもなかっただろう。
その一方で、三上は家族思いであり、人望もあった。
後藤だって三上に任せた舎弟が死ななければ告発には踏み切らなかっただろうと思われる。
本件を扱った書籍は今のところ上に挙げた『凶悪』しかないのだが、三上を改めて掘り下げても絶対面白いと思う。