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『悪魔の詩』訳者殺人事件

1991年7月11日に筑波大学キャンパス内で発生した殺人事件。
被害者は同大学助教授で、エレベータホールで刺殺されていた。
被害者が小説『悪魔の詩』を翻訳していたことから、犯人とイラン革命政府の関係が取りざたされたが、2006年に時効が成立した。

<概要>
『悪魔の詩』(原題:The Satanic Verses)はイギリス人作家サルマン・ラシュディが1988年に発表した小説で、イギリス国内では高く評価された。
しかし、その内容がイスラム教を冒涜するものだとして、ムスリム社会では激しい反発を招いた。
1989年2月、当時のイラン最高指導者ホメイニは著者や発行に関わった者に対して死刑宣告を行った。そして処刑を実行した者には多額の報奨金(日本円にして数億円)を与えると発表した。
欧米諸国はこれに激しく反発、イギリス政府は著者を手厚く保護した。
同年6月、ホメイニが亡くなったため、この死刑判決は撤回出来なくなってしまった。

そして、1991年7月3日、イタリア語翻訳者が襲撃される事件が起きた。
日本での事件が起きたのはその直後の11日だった。
被害者は『悪魔の詩』の日本語翻訳を行った五十嵐一氏。
彼は午後10時頃、勤務先の大学構内のエレベータホールで刺殺された。
首の左右の頸動脈を切り裂くなど、その手口は独特なものだった。
遺体が発見されたのは翌12日の午前8時頃。
目立つ場所での犯行は見せしめのためと言われている。
その後も1993年にノルウェー語翻訳者が襲撃される事件や、トルコ語の翻訳者グループの集会が襲われて37人が死亡する事件が起きている。

1998年、イラン政府は死刑判決の撤回はできないが、今後一切の関与も懸賞金の支持もしないと表明した。
しかし、現在もイランの宗教団体が著者暗殺の懸賞金を続けている模様。

2006年、日本の事件における時効が成立した。
ただし、この時効は犯人が犯行後ずっと日本国内にいたと仮定した場合である。


悪魔の詩(上・下) 新泉社

<リンク>
悪魔の詩訳者殺人事件(wikipedia)

<ノンフィクション>

日本凶悪犯罪大全 SPECIAL 犯罪事件研究倶楽部 イースト・プレス

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