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朝倉幸治郎

1983年6月27日から28日にかけて東京都練馬区で起きた一家惨殺事件の犯人。
不動産競売を巡るトラブルから子供三人を含む一家五人を殺害、遺体をバラバラにした。
現行犯逮捕され、1996年に死刑確定。2001年に処刑された。享年66歳。

<概要>
朝倉幸治郎は1935年、秋田県で会社経営者の父親の元に生まれた。
20代半ばで父親が死亡。
遺産相続を巡り兄弟で争い、1961年には弟への殺人未遂で逮捕された。
懲役三年の服役を終えた後、妻子と共に東京に移り、不動産鑑定士の職を得た。

1983年2月、独立した朝倉は練馬の競売物件を約1億円で落札した。
購入費用は銀行からの借り入れでまかない、転売先も決まったが、当該物件に住む賃借人一家が立ち退きに応じなかった。
旧地権者は一家の妻の父親で、一家は立ち退き料のつり上げを狙い、建物の占有を続けていた。
立ち退き交渉が進まない上、多額の金利負担と転売先への引き渡し期限(6月30日)が近づき、朝倉は精神的に追い詰められていった。
そして、彼は賃借人一家の殺害を決意した。

6月27日の午後、朝倉は立ち退き交渉と偽り、賃借人宅に入り込んだ。
そして賃借人の妻と1歳の次男、6歳の三女を撲殺した。その後、小学校から帰宅した9歳の次女を絞殺した。
遺体は浴室に運び、リビングなどに飛び散った血を掃除した。
午後9時半頃、朝倉は帰宅した賃借人をリビングで出迎え、腹部を殴り、マサカリで首を切りつけて殺害した。
遺体は他の被害者同様に浴室へと運び、バスタブの中に積み上げた。
翌朝、朝倉は持参してきたノコギリや電動肉挽き器を家の中に運び込み、賃借人の遺体をバラバラにした。
妻子の遺体も同じように処理しようとしたが、刃先が欠けるなどしてうまくいかなかった。
午前9時頃、隣家の主婦の通報により駆けつけた警官により、朝倉はあっさりと現行犯逮捕された。

1996年11月、最高裁で死刑が確定。
2001年12月27日、東京拘置所において死刑が執行された。
享年66歳。

なお、一家のうち林間学校に行っていた長女だけが生き残った。

<リンク>
練馬一家5人殺人事件の現場を歩く(月刊『記録』)
練馬・一家5人惨殺事件

<類似の事件>
関光彦
1992年3月5日に千葉県市川市で起きた一家4人殺害事件の犯人。犯行当時19歳。
以前強姦した少女の自宅に強盗目的で侵入し、少女の両親、祖母、妹の4人を殺害した。
保見光成
2013年7月21〜22日にかけて山口県周南市で起きた連続放火殺人事件の犯人。
8世帯12人しかいない小さな集落で近隣住人5人を殺害し、2軒に放火した。

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